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小さなコミュニティの中の豆腐作り①

とうふ屋葉月のルーツとなった大山國信地域の豆腐作り。
國信地域には、そこに住まう人が共同で使用する豆腐を作る施設「豆腐小屋」が現在も存在しています。

 

とうふ屋葉月始まりの地
國信の豆腐小屋

私のこの豆腐作りの始まりとなった豆腐小屋は、昭和29年に建てられた時からその形を変える事無く今も続いています。

かつては村の女性を中心に作られていた豆腐が國信地域の各家庭の食卓に並んでおりました。

残念ながら、現在この豆腐小屋を使用しているのは我が家と地域の先輩方数名のみとなってしまいました。

そして、この地域のコミュニティで引き継がれていた國信の鉄釜炊き豆腐を家業として新たにとうふ屋葉月を設立し、今では息子がその後を継ぐべく休みを返上して豆腐作りに励んでいます。

 

経済合理性から離れたところにある
コミュニティが生み出す豆腐

豆腐作りがなぜ地域のコミュニティで引き継がれてきたのかを考えると、そこには現代の私たちに一つの学びを与えてくれているように感じます。

ここからは私の考えですが、鉄釜炊きで作った豆腐はかつての日本の食生活において非常に重要なたんぱく質と鉄分の供給、そして腸内環境の維持に寄与していたと推察されます。

ある意味生活を維持することにおいて運命共同体であった地域コミュニティの栄養状態の改善をコミュニティの相互扶助で担っていたのでしょう。

その考えは、今も私の求めの一つである、人の体に寄り添う豆腐作りを始めたことに深く影響を与えています。

最初は家族の健康という個人的な理由から始まった豆腐作りでした。

しかし豆腐作りにかかわるにつれ、現行の資本主義経済から外れた「信頼と思いやりとお節介で成り立っている集落コミュニティ内の経済行為」から生まれる國信地域の鉄釜炊き豆腐という存在が、実はとても貴重な存在ではないかと感じたのです。

今では古臭くて窮屈と思われがちな、半径300メートルの集落で「玄関に鍵をかけない人のつながり」があるからこそ、素材も製造も手を抜かない。

だからこそ身体にとって優しいものが作られる。
素材の栽培も顔見知りの人がやっている。
当たり前の安心感。
工業生産的に作られた「商品」には絶対出せない人の繋がりからくる温もりが豆腐にある。
そう感じているのです。

いずれ國信の豆腐小屋や当店の豆腐小屋がその後の継承者に引き継がれ、必要の本質を知る家業となり未来へと続くことを只々望むばかりです。

つつましやかであっても、真の必要を満たすもの。
それこそとうふ屋葉月の今後も求めるべき豆腐のように思います。

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